大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)3628号 判決 1976年2月27日

原告

伊月譲

原告

伊月三千江

右両名訴訟代理人

村田善明

外一名

被告

高槻市

右代表者

吉田得三

右訴訟代理人

俵正市

外六名

主文

被告は原告伊月譲に対し金四七三万六、三三七円、原告伊月三千江に対し金四二七万五、一五七円及び右各金員に対する昭和四八年五月六日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告らの、その余を被告の負担とする。

この判決は第一項につき仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

(一)  被告は原告らに対し各金五〇〇万円及び右各金員に対する昭和四八年五月六日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  第一項についての仮執行宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告らの請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

(三)  担保を条件とする仮執行免脱宣言。

第二、当事者の主張<略>

第三、証拠<略>

理由

一本件事故の発生

亡義久が高槻市立富田小学校四年三組に在籍する児童であつたこと、昭和四八年四月二九日同小学校校庭において少年野球試合が行なわれていたこと、同校体育館正面入口が施錠されていなかつたこと、同日亡義久が本件天井裏から墜落し、原告ら主張の日時にその主張の病院において死亡したことはいずれも当事者間に争いがなく、<証拠>によれば次の事実が認められる。

すなわち、同日午後亡義久及びいずれも同小学校四年生の万井勝徳、笹田、岡井、同小学校三年生の長村らは、同小学校校庭で行なわれていた少年野球の試合をしばらく観戦した後、同校体育館で遊ぼうということになり、たまたま施錠されていなかつた正面入口から体育館に入つて鬼ごつこを始めた。そして、万井が「鬼」になり、他の児童は本件控室に入り、鉄ばしごを登つて本件天井裏に隠れた。その後間もなく万井も他の児童を探して本件控室に入つたところ、本件天井裏で物音がしたため、鉄ばしごを登つて本件天井裏に足を踏み入れた途端、折から天井裏を奥へ逃げようとしていた亡義久が天井板を踏み破つて約4.97メートル下のコンクリート床に墜落して頭部を強打し、その衝撃により頭蓋骨骨折の傷害を負い、同年五月六日午前四時四〇分、原告ら主張の病院において右傷害による脳挫傷、急性硬膜下血腫のため死亡した。

二被告の責任

(一)  富田小学校の設置、管理者

被告が普通地方公共団体であつて、富田小学校を設置していることは当事者間に争いがなく、地方自治法二条三項五号、学校教育法五条によれば、被告が同小学校を管理しているものと考えるべきである。この点につき、被告は、地方自治法一八〇条の八第一項及び地方教育行政の組織及び運営に関する法律二三条一号、二号を根拠に同小学校の管理者は高槻市教育委員会である旨主張し右各法条によれば、同教育委員会が富田小学校を管理する権限を有していることは明らかであるが、地方自治法一八〇条の五第一項によれば、教育委員会は学校管理の面における普通地方公共団体の執行機関に過ぎないのであつて、前記各法条により、高槻市教育委員会が富田小学校の管理権限を有するからといつて被告の同小学校についての管理者たる地位が失われる筋合のものではなく、したがつて、被告の右主張は採用できない。

(二)  本件天井の状況

本件天井には、天井裏に出入りするための原告ら主張の大きさの天井改め口があけられており、また、本件控室には放送器具を納めた高さ七〇センチメートルの木製机が置かれていて、右机上から三〇センチメートルの個所に前記天井改め口に至る鉄ばしこが壁面に固定して設置されていたこと、本件事故当時、天井改め口には何ら閉塞設備がなく開いたままとなつていたことはいずれも当事者間に争いがない。そして、被告主張の日にその主張の撮影者が撮影した天井裏の写真であることについて当事者間に争いのない検乙第六号証及び検証の結果によれば、鉄ばしごと本件天井板との間には隙間があり、また、鉄ばしごと反対側の天井裏にはベニヤの仕切板が設けられているため、右仕切板を越えて天井裏に立入ることは困難であることが認められるが、前記のとおり、本件事故当時は、天井改め口には、前掲検乙第六号証の鉄ばしご右側の蓋板は取り付けられていなかつたのであるから、鉄ばしごの右側には、鉄ばしごから本件天井裏への立入を遮断する物はなかつたことが推認でき、右事実と証人万井勝徳の証言を併せ考えると、鉄ばしごの右側からであれば、児童でも足を伸ばせば容易に本件天井裏へ立入ることができる状況にあつたことが認められる。また、前掲検乙第六号証及びいずれも被告主張の日にその主張の撮影者が撮影した本件天井裏の写真であることについて当事者間に争いのない検乙第四、五号証によれば、本件天井裏には、つり木やその受け木のほかパルプ等が張りめぐらされてはいるが、児童が天井裏を歩くことは必ずしも困難ではないことが認められ、さらに、<証拠>によれば、本件天井板は有孔プラスタボードであつて、重量物を支えることができない材質であることが認められる。

(三)  本件天井の管理の瑕疵

本件天井が富田小学校体育館に設けられているものであつて、公の営造物であることは当事者間に争いがない。そして、公の営造物の設置または管理の瑕疵とは、当該営造物の通常の利用者の判断能力や行動能力、設置された場所の環境等を具体的に考慮して当該営造物が本来備えるべき安全性を欠いている状態をいうのであり、小学校の体育館のごとき施設については、これを利用する児童の危険状態に対する判断力、適応能力が低いことを考えれば、特に高度の安全性が要請されているといわなければならない。

これを本件についてみるに、<証拠>によれば、本件控室は、その覗き窓から体育館内全体が見渡せるため放送室としても利用されており、放送の際には控室内の木製机に納めてある放送器具を机上に取り出して使用していたこと及び本件天井に至る鉄ばしごは、入学式、卒業学式、芸会等の学校行事の際の飾りつけや舞台幕のレールの修理等を行なう場合に教職員や業者が本件天井裏に入るために設けられたものであつて、一年に四回程度使用されていたことが認められる。

ところで、富田小学校においては、朝礼や担任教諭を通じて児童に対し、勝手に体育館に入つてはいけないこと、体育館内の舞台に上つたり、舞台脇の控室に入つてはいけないことを注意していたこと、にもかかわらず、右注意に反して舞台に上つたり、舞台脇の控室にある鉄ばしごにぶら下つて遊ぶ児童があつたこと、本件事故前(昭和四三年から昭和四六年四月までの間)にも、児童が舞台上手(向つて右側)脇の控室にある鉄ばしごを登つて天井改め口から天井裏に入り、かくれんぼをして遊んでいるうちに、天井板を踏み破つて落下するという本件事故と同種の事故が発生していたこと、本件事故後、高槻市教育委員会の指示によつて天井改め口に蓋板を取り付け、これを南京錠で施錠する措置を講じたことはいずれも当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、小学校三、四年の児童は他の学年の児童に比して特に遊び盛りでこわいもの知らずである一方、右学年の児童に本件天井板の材質が児童の体重を支えることができないものであることを判断することは期待できないことが認められる。

したがつて、前記のような本件天井の状況のもとでは、現に過去にも天井裏から墜落するという事故が発生したことでもあるから、判断力に乏しい反面、好奇心と行動力が旺盛でこわいもの知らずの児童が、学校側の注意に反して鉄ばしごを登り天井改め口から本件天井裏に入つて遊ぶことは十分予測しえたと考えるべきであり、被告としては、固定された鉄ばしごをはずし、必要な時だけ移動用はしごを用いるとか、(前記のとおり、鉄ばしごが一年に四回程度しか使用されていない事実に鑑みれば、常時これを固定しておく必要性はないものと考えられる)あるいは天井改め口に本件事故後に設けたような蓋板を取り付けて施錠しておくなどして、児童が天井裏に入ることができないような措置を講じておくべきであつたといわなければならない。にもかかわらず、本件事故当時危険防止のために講じられていた直接の措置としては、本件控室の木製机の上に赤色マジツクインキで「まもりなさい。」、青色マジツクインキで「1、この上にあがらない。2、このばしよからうごかさない。」と記載してあつた(この事実は当事者間に争いがない)だけであり、前記のような措置が講じられていなかつたことは本件天井が本来備えるべき安全性を欠くものであつて、その管理には瑕疵があつたといわなければならない。これに対し、被告は、富田小学校においては、前記のとおり朝礼や担任教諭を通じて機会あるごとに注意、指導を行なつていたほか、本件控室の机の上には注意書を記載し、また、鉄ばしご横の壁面には、「はしごに登つてはいけません」との貼り紙をしていたこと、さらに、鉄ばしごと本件天井板との間には隙間があるうえ、ベニヤ板で仕切られていたこと、その構造からみて本件天井裏を歩くことは困難であること、天井板が軟弱であつて、その上を歩くことが危険であることは容易にわかるはずであつたことを理由に、児童が鉄ばしごを登つて本件天井裏に入り、その上を歩くようなことは予測できず、本件天井の管理には何ら瑕疵がなかつた旨主張する。しかし、朝礼や担任教諭を通じての注意や机の上の注意書をもつてしても十分でなかつたことは、依然として鉄ばしごからぶら下つて遊ぶ児童があつたこと及び過去に本件事故と同種の天井裏からの落下事故が発生していたことからも明らかであり、また、鉄ばしご横の壁面の注意書が本件事故当時にはなく、本件事故後に貼付されたものであることは証人花弥達二の証言及び検証の結果(検証における被告の指示、説明)によつて明らかである。さらに、鉄ばしごと本件天井板との間には隙間があつたうえ、ベニヤ板で仕切られており、その構造からみて本件天井裏を歩くことが困難であつたとの点については、すでに「本件天井の状況」において認定したとおり、鉄ばしご右側からであれば容易に本件天井裏へ立入ることができ、児童が本件天井裏を歩くことも困難といえない状況にあつたのであり、また、小学校四年程度の児童において本件天井板の材質が児童の体重を支えることができないことを理解しえないことは前記認定のとおりであるから、児童が鉄ばしごを登つて本件天井裏に入り、その上を歩くようなことは予測できなかつたとする被告の主張は採用しえない。

(四)  被告の責任

以上のとおり、本件事故は本件天井の管理の瑕疵に起因するものであるから、被告は国家賠償法二条一項により、亡義久及び原告らが蒙つた後記損害を賠償する責任を負わなければならない。

三損害

(一)  亡義久の逸失利益

五五五万〇、三一五円

亡義久が死亡時九才の男子であつたことは当事者間に争いなく、<証拠>によれば、亡義久は健康体であつたことが認められる。そして、経験則によれば、同人は本件事故がなければ一八才から六七才まで四九年間稼働し、少くとも、稼働を始める時の年令である一八才の一般男子労働者の得ている平均賃金、すなわち昭和四八年賃金センサスにより認めることができる年間八一万〇、二〇〇円の賃金を得ることができると考えられるところ、生活費は収入の五〇パーセントと認められるから、これを差引いたうえ、両人の死亡による逸失利益を年別ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると七九二万九、〇二二円(以下切捨)となる。

ところで、前記のとおり、富田小学校においては、朝礼や担任教諭を通じて児童に対し、勝手に体育館に入つてはいけないこと、体育館内の舞台に上つたり、舞台脇の控室に入つてはいけないことを注意していたのであり、亡義久も右注意を十分に知つていたと推認される。また、前記のとおり、亡義久において本件天井板の材質が自己の体重を支えることができないことを理解しえなかつたとしても、同人の年令から考えて、少くとも本件天井が本来そこで遊ぶことを目的として設置されたものでないことは十分理解しえたと考えられる。にもかかわらず、同人は右の注意を無視して本件控室に入り、鉄ばしごを登つて本来遊ぶべき場所ではない本件天井裏に立入つたものであるから、右の点において亡義久にも過失があつたといわなければならず、その割合は三割と認めるのが相当である。したがつて、前記逸失利益に右割合による過失相殺をすれば五五五万〇、三一五円(以下切捨)となる。

そして、原告らが亡義久の父母であることは当事者間に争いがないから、原告らはそれぞれ右金額の二分の一である二七七万五、一五七円(以下切捨)の損害賠償請求権を相続により取得した。

(二)  治療費 二五万一、一八〇円

<証拠>によれば、同原告は大阪医科大学付属病院における亡義久の治療費として、その主張の日に三五万八、八二九円を支払つたことが認められ、これに前記割合による過失相殺をすると、二五万一、一八〇円(以下切捨)となる。

(三)  葬儀費等 二一万円

原告譲本人尋問の結果によれば、同原告は亡義久の葬儀費として二〇万円を下らない出捐をしたこと及び北摂霊園内に墓碑を建立し、その費用として約九〇万円を支出したことが認められ、また、<証拠>によれば、同原告はその主張の日に合資会社甲南堂から三〇万五、〇〇〇円で仏壇を購入したことが認められるが、右のうち、本件事故と因果関係のある損害として請求しうるのは、葬儀費二〇万円、仏壇購入費及び墓碑建立費各五万円、合計三〇万円と認めるべきところ、これに前記割合による過失相殺をすると二一万円となる。

(四)  慰藉料 各一五〇万円

<証拠>によれば、亡義久は原告らの長男で、かつ、唯一人の男子であることが認められ、右事実に亡義久の年令及び本件事故が本来安全であるべき小学校の体育館で発生したこと及び前記亡義久の過失等諸般の事情を考慮するときは、原告らが本件事故により最愛の子を失つた精神的苦痛に対する慰藉料としては各一五〇万円をもつて相当と認める。

四結論

以上のとおりであるから、原告譲の請求は、被告に対し前記損害合計四七三万六、三三七円及びこれに対する本件不法行為以後である昭和四八年五月六日から支払い済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、原告三千江の請求は、被告に対し前記損害合計四二七万五、一五七円及びこれに対する前同日から支払い済みに至るまで前同割合による遅延損害金の支払を求める限度でいずれも理由があるからこれを認容し、その余はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

なお、仮執行免脱宣言は相当でないと認められるからこれを付さない。

(辻中栄世)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例